志、何かを成すということ

ふだんからよく、何事かを成したいという気持ちを持っていて、それでさっきまで、他人のその手の話を読んでいたのだけど、まったくその時には、自分の中にある、何かを成すっていう気持ちとリンクしていなかった。

まったく質の異なるものなんだということです。僕が何かを成したいと思うのは、たんに何かを成したいという言葉なんです。あるいは言葉にさえなっていない漠然とした希望というか、欲とか。焦燥とかです。

僕は今、正社員として平日は毎朝通勤しているのだけど、いまだに夜中とか面接のことを思い出して胸が苦しくなる。そのことについては前にも書いたから今日は書かないでもいいとして、僕はその当時、どんな気持ちで就職活動をしていたかって話を少ししたいような気がする。

就職活動のときに考えていたことはひとつだけ、自分の大切なもののために生きる、ってこと。言葉は何だってよくて、というお決まりの枕のとおり、つまり信念とか、譲れぬものとか、そういうことだ。

それで、じゃあ僕の大切なものは何かって話になりますね。

ある会社の面接で、面接前に書かされたアンケート用紙みたいなものを見ながら面接官が僕に、大切なもののために仕事をしたいって書いてあるけど、それって何って聞かれた。

僕は答えを用意していなかったので、分かりませんと答えた。僕は面接に関しての用意というものを一切しなかったのだけど(筆記のための算数は少しやった。数学ではなく算数。とにかく単純な計算が遅かったから改善したかった)、僕は、面接の対策をしない言い訳に使っていた。僕は大切なもののために生きるのだという言葉をです。

僕は大切なもののため、自分自身のため、自分の信念のため、そのためだけに生きているのであって、その他の雑事、つまり働くことそのもの、お金というものそのもの、生活というものそのもの、悩み、不安、恐怖、そういったものをすべてとっぱらって、とにかく、

僕は何もしたくなかった。というわけで、僕の就職活動、というか、学生生活は終わった。

大切なものなんて、そうよね、分かるわけないよね、まだ若いんだし、わたしだって分からないもの。面接官はそう言った。

僕はとくに志したというわけでもないのだけど、中小のIT企業を中心に面接を受けた。それは僕が面接で喋れるようなネタとして、情報技術とか、パソコンのことくらいしかなかったからだ。あと、その頃にはやっぱり景気上向きとかねーわって大企業の求人も少なかった。たぶん会社同士の付き合いで、新卒用の求人サイトに登録していた中小企業が、まぁいいだろうってことで面接していたのだと思う。よさそうな人がいたら取る、みたいなことは、どこの会社の説明会でも言われた。

僕はたまたま運がよくて、つかの間の好景気(の予感)で求人数だけはそれなりにあった。形だけでなく、ちゃんと採用しようって思って面接してくれるところもたくさんあった。中にはまったくそんな気がないのに学生を集めて説教したいだけの人がいるから困るんだけど、まぁ経験ってことであまり深く考えないようにした。

あの手の、って言ったらおかしいか。すでに僕は一年目だけど業界人なので、この手の、って言えるわけだけど、即戦力を求めてるっていうのは言い過ぎだと思うと就職活動をしていて思った。それは即戦力になるような人間なんてほとんどいないってことなんです。だいたい即戦力になるような人ってつまり戦力を知ってる人なんですよ。即戦力を求めてますっ、なんて言ってる小さな会社に入って戦力が上がるかって上がるわけない。いわゆる火消し要員みたいにされる。それだってもしかしたら経験なのかもしれないけど、そんな経験が、いったい戦力ってものを分かっている頭のいい学生の、何のやくにたつって言うのか。

まぁ頭のいい人間の話はおいとく。逆が言いたいのであって。逆というのは、つまりせっせと地道に報われない就職活動するのってダメなんだよね。ダメな人がすることなんだよ。ちゃんと見極めて、戦力というものを持っていないながらも考えて、戦力らしいものを提示しなきゃいけない。総当たりすればなんとかなるとか考えてやってても、お祈りが増えるだけだ。

もちろん現状はもっと酷いから、運の良かった、ある時期の就活生の言葉だと思って聞いて欲しい。上にも書いたけど、ちゃんと採用しようっていう気持ちのある採用がまだ少なからずあったときのことだ。今はもう僕が何か口を出せるような状況ではない。


じゃあ僕が今このときに就職活動するとしたら。もちろんそれは十分にありえる。会社が明日どうなるかなんてことは、僕には分からないことなのだし。

今なら少しは就職活動するかもしれない。いや、やっぱりしない。アルバイトを探すと思う。僕が新卒学生だったとしても、アルバイトを探そうと思う。

僕は大切なもののために仕事をすると決めたからだ。僕の大切なものってのはつまり、ないので、何もしないということだ。僕はときたま、何を言っているのか分からないと言われるので、時間があればなんども説明しようと心がけているのだけど(嘘だけど)、つまり僕は何もしたくないってことだ。

これは少しだけ複雑なバランスを持っている。身内に働いてないって思われたくないので、働かなくてはならない。なんか漠然とした不安もあるので働かなくてはならない。そういう気持ちだけで僕は就職活動をしていたし、今ならアルバイトを探そうと思う。

何がなんでも正社員として雇われたいだなんて、今(時期を考えれば)思わない。


無責任なことを言ってないでもっと書きたいことを書こうじゃないですか。

ただ、何か変に、文章を書く勢いで前向きなことを今は書きたくない。テンションとしては十分、僕は何かを成したいんだ! そのために生きているんだ! とか書きたいのだけど、書きたくない。


書くべきではない文章なのだと思う。誰のためにもならないとかじゃなくて、時間の無駄なのだ。その時間の無駄が僕に、こうやってたまに、つまりらない時間つぶしをさせる。これはこれでいいのだけど、何もかもがこれでいいのだって気分にさせられるんだけど、それじゃだめなんだよなぁって思わないでもないんだよ。

ちょっと書くことがないので、これでいいかなぁ。