「ルーム」草稿小説

ゲーム作ろうと思って、とりあえずモチベーション上げるために企画書とか書いてました。たいした意味はありませんけど、開発名ということで「ルーム」としておきます。

それで、どうもやる気というかひらめきがないので軽く小説でも書いてみました。せっかくなので公開しておきます。とくに考えずに書いているので、お話としておもしろくないです。猫野さんの性格を固めようと思って書いているので猫野さんの説明を第一にしています。

少し長いので「続きを読む」にしてあります。

「ルーム」草稿小説

 僕の告白に彼女は「ごめんなさい」とだけ言うと、目をつむり黙り込んだ。彼女のことを普段から目で追うことの多い僕には、彼女の目をつむるという動作に見慣れたものを感じた。
 本当によく、この人は目をつむる。


 目をつむるというしぐさについて、一番印象に残っているのは、始めてあった日のことである。この谷野西中学校の入学式のその日、教室で自己紹介をすることになった時のことだ。
 自己紹介を聞きながら、事前に配られた名簿を僕は流し読みしていた。そこに気になる名前を見つける。それが彼女の名前だった。「猫野 未衣子(ネコノ ミイコ)」という名前を見たとき、この人の両親は子どもをずいぶん適当に名付けるものだと思った。猫野未衣子に僕は同情した。まるで本当に猫の名前のようではないか。いや、いまどき猫にだって「みぃ子」などという名前を付けるものだろうか。
 さて、その猫野さんとはどういう人なのだろうと、僕は周りを見渡した。しかし、席を数えれば出席番号が分かるとは知っていても、それを数えてまで探そうとは思わなかった。名前が目に付いたというだけで、とくに興味があるわけではないのだ。
 見渡してみると、新たな発見があった。緑色の髪の女の子がいるのだ。緑色とは言っても、アニメや漫画に登場するような明るい緑というわけではない。うっすらと、光に当たった部分が緑色に見えるくらいのもので、それがなんとも言えず綺麗だと思った。
 その女子の後姿を見ながら、ぼんやりと思った。もしかしたらあの緑の髪の子こそ猫野未衣子なんじゃないだろうか。
 そしてその子の番になる。後ろの席だから後姿しか見られなかったわけだけど、正面を向いた顔も、その髪の色に負けず劣らずと言った感じだった。なにが負けず劣らずなのかと言えば、たとえばその地味さだったり、ある種の奇妙さである。そう、彼女は少し奇妙だった。
 彼女は自己紹介を始めた。
「猫野未衣子です。変わった名前だとよく言われます」
 そう言いながら彼女は、ゆっくりと目をつむった。やはり奇妙な感じがした。何かを思い出すため、または考えるためというよりも、それは何だか「最初から見えていないから閉じた」というような、目の閉じ方だった。
「妹の名前は一文字違いで……『未(ミ)』を『末(マツ)』に変えて『末衣子(マイコ)』っていうんです」
 彼女は少し得意げな顔をした。
「ピアノを弾いていて指が長いのが、じ……自慢です」
 しかし得意げな顔をすぐに引っ込ませる。彼女は妙に苦しげな表情をした。
 その顔は、話し始めた微笑や、ついさっきの得意げな表情と比べると、ずいぶんと、なんと言うか、リアルだった。


 女の子について僕は多くを語ることはできない。けれど、それでも女の子について語るときに、彼女は笑顔よりも悲痛な顔が似合うなどと言いたくはなかった。
 でも僕は彼女を好きになった。猫野さんを好きになったのだ。笑顔の印象が薄い彼女。決して泣き出したりはしないし、いつも元気そうにしているのに、頻繁に苦しげな表情をして目をつむる、そんな彼女を好きになった。
 一瞬だけ唇を噛み、彼女は自己紹介を続けた。以降はずっと笑顔だったし、その笑顔が偽者であるとも僕には思えなかった。それでもその笑顔を僕は薄いと思った。
 それから最後まで笑顔で通し、とくに変わったところのない自己紹介が終了する。
 僕はべつにその時点から彼女を好きになったわけではなかったけれど、好きになり始めてはいたのだと今にしてみれば思う。


 僕は彼女に聞いてみたことがある。なぜピアノを弾いていることについて喋ったときに、あのような表情をしたのかと。彼女は快く答えてくれた。
「初対面の人相手に、いきなり自慢話なんてどうかと思ったの。とっさに自分の自慢をしてしまうなんて……って」
 彼女と話していると気づくことがある。彼女は自身を卑下し、また、そのことについて強く思い直そうとするのだ。


 なぜ僕は彼女を好きになったのか。と言っても、それほどの理由があるわけじゃない。たとえば彼女の綺麗な髪に惹かれたとか。
 彼女は人に積極的に話しかけることができるわけじゃないのだけれど、話をしても決して不快なわけではない。むしろ楽しいと僕は感じる。友人に話したことがあるのだが、彼女の声は何かすごく癒されるのだ。初めて会話したとき、僕はその感覚に酔ってしまった。酔ってしまった勢いで友人にそのことを話してしまったのだけど、友人から賛同は得られず、ただ冷やかしを受けるだけだった。おまえは猫野が好きなのだと。
 まったく僕はそんなつもりがなかった。そう言われたときだって、そんなことはないと僕は反論した。それは強がりではなかったと思う。だいたい、それほど知りもしないのに好きになるわけがないのだ。僕は人を好きになるときには、ずいぶんと慎重になる。
 とは言っても、べつに相手の情報が多ければいいとか、その情報が自分にとって快であるとかで好きになるわけでもない。僕は僕の感情に慎重になるだけだ。
 なんにせよ、彼女の声は僕にとって特別なものになった。本人には、さすがに恥ずかしくて言えなかったけど、僕は頻繁に彼女に話しかけた。
 しかしその地味な容姿からか、彼女は妙に男子から人気が出てしまった。そのことについて猫野と男子間、または猫野と女子間でいざこざが起こることになった。気分の悪くなるようなこともあったし、ずいぶんと不思議なこともあったようだ。本人に起こったことは本人にしか分からないので、僕は彼女から聞いた話や噂話しかしらない。それでも、彼女につまらない思いはしてもらいたくなかった。つまらないこともたくさん起こったのだ。
 僕は彼女をできるだけ守ろうとしたし、多くのクラスメイトが男女問わず彼女を助けようとした。心無い人間が彼女にちょっかいを出すということも、今三年になったこの時期には本当に少なくなった。
 だからと言うわけではない。……のだろうか。分からない。でも僕は彼女に告白することに決めたのだ。そして僕は振られることになった。


「分からなくって……」
 彼女は立ち尽くす僕に言った。
 僕は実際のところ、断られるだろうってことは分かっていた。だからその「ごめんなさい」という言葉のあとに言うセリフも、実は考えていたのである。我ながら志の低いことである。
 なのに僕は立ち尽くし、何も言えず、目をつむる彼女を見ていることしかできなかった。
 そして彼女は分からないと言った。
「なにが分からないの?」
 彼女に尋ねる。しかし彼女は首を振った。
「ごめんなさい。関係ないの。ごめんね……その、なんて言うか」
「いいよ、何言っても、べつに気にしないから」
 彼女は人に意見するときなどに言いよどむ。気にしないとこちらが言うのも、もう何度目かになるのか。もちろん、気にしていないわけではないが、言いたいことが言えない彼女を助けるという意味でよく彼女にかける言葉なのだ。
「嫌でしょう? 告白を断られるのって」
「そりゃあ、嫌なもんだねぇ」
 僕は少し苦笑いしてしまった。
「でも仕方ないよ。好きじゃなかったら、断るしかないんだから」
 そんな自分のセリフに、僕はまた苦笑いを重ねた。自分で言う言葉か?
「ごめんね。その、あなたにはすごくお世話になったし、嫌いじゃないんだけど」
「好きじゃないんでしょ?」
「その……」
「分からないの?」
「え、いや、そうじゃないの。好きじゃないなってのは分かるの……って、ごめんなさい!」
 ごめんなさいを言われすぎている。当初の予定にはなかったことだったので、僕は少しだけ、耐えられる量以上に悲しくなった気がした。
「歌って欲しいんだけど」
 彼女の「分からない」という疑問を会話によって解消することもしないで、僕は話を終えようとする。
 予定では彼女がごめんなさいと断ったら、さっさと帰るつもりだった。僕はこういうことに慣れていないから、駄目だと分かっていても断られたら泣いてしまうんじゃないかと思ったからだ。実際には動けなくなったわけだが。
 すぐに帰れば惨めな姿も見せず、愛の告白をされ慣れている彼女に余計な心配や同情を抱かせることも少ないだろうと思った。そう考えるということは、僕の中に僅かにでも、彼女に心配や同情をしてもらいたいという気持ちがあるということを否定はできない。
「歌……」
「なんでもいいんだけど。歌って欲しい。お詫びとして」
 彼女になにを詫びることがあるだろうか。ごめんなさいという言葉は確かに侘びの言葉である。しかしそれは形式として、告白を受けた人間として、断るためのただの定型句だ。べつに詫びているわけではない。告白した側からしたって、詫びられても仕方がないのだ。それはイエスかノーかの問題でしかない。
「お詫び」
 しかし彼女の性格からして、他人に詫びろと言われて詫びないわけにはいかないだろう。僕は自分を心底卑怯者だと思う。でも彼女を見習って、そんな自分を元気付けた。卑怯でも仕方がないのである。断られたことは単純にショックなことなのだから。


 彼女は歌いだした。
 この屋上の端。下校する人が、大きな透き通る声で歌う彼女を見上げている。
 いくらかの人は、きっと状況が分かっているはずである。あの男は猫野に告白をして、そして断られたのだろうと。この学校の屋上に男女二人でいるということには特別な意味があるのだ。
 そして彼女の歌う歌は喜びの歌ではない。彼女には喜びというものがないのではないかと思うほど、日々に喜んでいないように見える。
 彼女の歌う即興の歌が終わる。お別れである。
「ありがとう」


 バタンと大きな音がして屋上のドアが開けられる。
 そこから、猫野未衣子の幼馴染である谷乃宮鶴美が出てきた。まずいことになった。
「ちょっと、未衣子ね。目立つことは駄目だって言ってるでしょ?」
「うん、そうだね」
 歌ったあとから目をつむったままの猫野は、声がするほうに答えた。
「あんた……そう、あんたが歌わせたんでしょ?」
「いや、あの、そうだけど」
 僕は少し怯えている。なぜならこの谷乃宮が暴力的な人間であることを知っているからだ。
「猫野は目立っていいことがなかったの。そのくらい知っているでしょ?」
 本気で睨まれる。恐ろしいことだ。僕は頭の中で、これから何回くらい殴られ、何回くらい蹴られるのかと予測を立てていた。
「つうちゃん」
 鶴ちゃんが訛った、いつもの呼び名で猫野は谷乃宮を呼んだ。
「分かっているとは思うけど、今からあなたを殴るから」
 猫野の言葉を無視して谷乃宮は僕に宣言した。
「お手柔らかにお願いしたい」
 背筋を伸ばし、まるで武士のように潔く言い放つ。そのくらいのほうが被害が少ないはず、だと思いたい。
「だめ、つうちゃん」
 猫野は谷乃宮の手を握ると(その手はすでに硬く握られていた……)、屋上を出る扉の方に引っ張った。
「未衣子が言うならいいわよ。今日は帰る」
 そう言って谷乃宮は僕を見て微笑む。その微笑が雄弁と語るところによると、つまり「明日未衣子が居ないところでボコボコにする」である。
「じゃあね」
 猫野は僕にそう言いながら、やっと目を開けた。
「うん、また」
 僕は右手を軽く上げて挨拶をした。
 僕は、実は少し惜しいことをしたと思った。
 僕の身体は今自分でも驚くくらいに震えていた。それは彼女の歌を聴いたからだ。谷乃宮の登場で余韻に浸ることはできなかったが、聞いた直後から僕はもう告白を断られたことなんてどうでもよくなっていた。そのくらいうれしかったのだ。
 だから、そんな嬉しさの中でなら、谷乃宮に殴られてもよかったのだ。むしろその方が、明日殴られるよりよっぽど痛くないはずだった。
「ああ、ふられた!!」
 僕は意味もなく事実を叫んでにやけた顔を抑えると、教室にかばんを取りに帰った。