とりとめのない六人の話2-00
待望の第二部が開始。アキの友人であるマツリ視点で進行します。アキについての衝撃の真実! 怒涛の展開に君はついていけるか! ぼく自身ついていけません!
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あらすじ
シイコとナナミの不正をアキにチクるイズミ。すべての美少女の思考を支配するとされる百合力によって二人は意気投合。一方、マツリは校門でひとり思索に耽りながら人間観察をしていた……。
とりとめのない六人の話2-00
アキが用事を済ませるまで、私は校門付近で人間観察をすることにした。とは言え私は、特別人に興味を持っているというわけでもない。アキであれば、私のロボットにあるまじき人間的好奇心について思いをめぐらすのだろうけど。
実際のところ、私はたんに比較対照としての人間観察をしたいだけだった。何と人間を比較するのか。それは私の友人であり、「ロボットである」、アキと比較するためだ。
クラスメイトであるロボットたちは、通りかかるたびに私に挨拶をする。彼女たちはみんな礼儀正しい。他の一年生のクラスの人間を見ても、同じクラスの人間にさよならの挨拶をするような人はいない。当たり前だ。彼女たちはすぐに顔と名前を覚えられるようにはできていない。一方私たちは、一度会ったら忘れない。
「マツリさん、さようなら」
「じゃーねー!」
周囲の人間が驚くほどの大きな声で私は挨拶を返した。私に挨拶をしたクラスメイト(言うまでもなくロボット)も「きちんと」驚いた顔をした。
学校の回りには桜の花が植えてあった。桜の花はまだ咲いていない。このあたりの春は、もう少しあとになるようだ。卒業式どころか、入学式にも間に合わないなんて、これでは桜の意味がないではないかと思わないでもない。私が心配するようなことではないのだけど。
心配などと、私もずいぶんと妙なことについて考えるようになったものだと思う。これもたぶん、アキが近くにいるせいだろう。
アキはいるだけで、周囲の「存在」に影響を及ぼす。それは、人間・ロボットに限らず動植物にいたるまで。
そのような存在の分類は「強い」なのか「尊い」なのか、それとも「神」か。はたまた「悪魔」? 私には分からない。私は物事を定義できるほど頭が良くないので、そこにある情報を組み合わせてみることしかできない。そしてそれさえ、私のスペックに照らしてみれば過ぎた能力なのだ。
アキは自分のことを人間だと思い込んでいる。
しかし、どうだろう。本当にアキは人間でないと、私は言い切れるか……疑問だ。私は状況から、アキを人間ではないと言うことはできない。なぜなら彼女がロボットらしいところを私の目の前で見せたことは、過去一度もないからだ。
いや、唯一あるとすれば、私との記憶が捏造され、古くからの友人ということになっていることだ。しかし、それにしても彼女がロボットであるという証明にはならない。人間の記憶を操ることも、うちの研究所ではできる、のかもしれない。
アキがロボットであると私が知っているのは、たんにそう教えられたからだ。そう教えられ、私は彼女の友人として、近くでモニターする役割を与えられた。
彼女がロボットであるとするならば、その機能は激しく制限されているはずである。最新の研究用試作機でも「人間らしさ」を生むのは困難だ。小手先の技術で短期的にそう思わせるのに精一杯である。であるならば、彼女が自身を人間と思い、またそのように過不足なく振舞えるということは、彼女の実際のスペックは、もはや人知を超えていると言える。
私の判断としては、アキが人間なのかそうでないのかは可能性として半々だとして、回答を保留している。
「マツリー」
アキが私を呼びながら、玄関から出てきて校門まで歩いてくる。横にはイズミがいた。
「アーキー!!」
私は叫び、大きく手を振る。口元が大きく笑いの表情をかたちづくる。
人間か、そうでないか。この回答はしばらく保留でよい。なぜなら私はアキが好きだからだ。心からの友人だ。彼女がどんな存在であるかなど、たいした問題ではない。今が楽しいということには価値がある。
自身を人間だと思っている彼女だって、ロボットの私に、私と同じような考えで接してくれている。大切な友人である、と。
しかし、彼女を存在から慕っているのなら、彼女の正体についての可能性について私は彼女自身に教えるべきだろうか。私は彼女を欺いていることになるのだろうか。
「マツリ、おもしろい人いた?」
「あんまり……でも、実際一番変わってるのはイズミだよね」
「……なに? どういう意味よ」
イズミがムッとした顔で私を見る。
「だって、そんな髪型ふつういないよ。そういうのって『古き良き萌えアイドル』とかがする髪型でしょ?」
「失礼ね。ツインテールはそこまでマイナーな髪型じゃないわよ」
「でもイズミに良く似合ってる。可愛い」
イズミはアキに言われて顔を赤くした。二人はずいぶんと打ち解けたようだ。軽く嫉妬してしまう。私はアキが生まれた直後から一緒にいるのだ。とは言え、人間だったとしたら「連れてこられた」なのだが。
「私も髪型変えてみよっかなぁー。アキはどんなんがいいと思う?」
「そーだなぁ……。正直、マツリの髪型ってマツリにすごくハマってて、他が思いつかないかも」
「坊主なんてどうかしらね。古き良き伝統の髪型よ」
「古すぎ! それに女の子の髪型じゃないでしょーが!」
「じゃあチョンマゲ。ひょうきんキャラだから似合いそう」
「私の騒がしキャラはキャラ設定だ! 素は超インテリなんだぞ!」
「嘘をつけ嘘を」
アキが笑いながら私を叩く。
「今日家に帰ったら、ちょっといじってあげる。でも、短いからいじりようがないなぁ……」
「ロボットの付け替え用オプションとしては一番種類があるのよ、髪は」
ロボットについて疎いアキにイズミが解説する。イズミは気づいているのだろうか。アキがロボットであるということを。
おそらく、気づいているだろう。彼女は私よりもよっぽど高性能のようだ。私のように判断保留をする必要もなく、ひと目で見抜けるのではないか。他に気づけるのはシイコだけど、イズミもシイコもアキにはそのことを言っていないようだ。
「じゃあマツリ、長い髪に付け替えてみようか?」
「えー、長いのは動きづらいからなぁ」
「素はインテリなんじゃなかったのかしら?」
「文武両道。私は頭も良ければ身体もいいんだ」
イズミは呆れ顔をして笑った。人が笑うのを見るのは嫌いじゃない。私もそれを見て笑う。アキも。
「あ、」
イズミは思い出したように時計を見た。意味のある動作ではない。人間らしさを演出する小手先の動作プログラムだ。古くからある。私もできる。けどやらない。時計そのものをしないからだ。
「そろそろ迎えが来るけど、乗っていく?」
「イズミの家じゃ、方向が逆だから、遠慮しておく」
私が瞬時に返答すると、アキは驚いた。
「こういうときにロボットがいると便利なんだね。お金持ちがロボットと一緒に登校するのが、なんとなく分かった」
「アキだって、充分金持ちじゃん」
実際アキに「前の学校の記憶」は存在しない。おそらく一般的な学生の生活・思考習慣をどこかから引用しているのだ。
「来たわ」
落ち着いた、より紺に近い青の車が校門前に到着した。静かで過度に注目されないような色なのに、何故かスポーティーな車だ。このような色のスポーツカーがありえるのかと私は驚く。だって、この手の車と言えば原色の赤とか黄色とか青とか、そういうのを思い浮かべる。
「いい趣味だね」
だから私は言った。趣味がいいと思う。かっこいい地味さ。侘び寂び。
「うん、ありがと」
車を褒めた私に、イズミがわがことのように嬉しそうに礼を言い微笑みかえした。私はそのことにも驚く。
「それじゃあね、イズミ」
アキが小さく手を振った。私も大きく手を振って「バイバイ!」と言った。
「ええ、さよなら」
クールな車の助手席にイズミは乗り込む。右ハンドルだ。いいね。
「さて、帰ろうか」
アキが私を見て言った。
「寄り道していこうよ。寄り道!」
「ええ? 登校初日なのに寄り道って……」
「いいじゃない。おいしいもの食べて帰りたい気分」
「あなたにおいしいもの食べる意味がどこにあるのよ」
「身体は必要としていなくとも、心は切実に欲しているのだ!」
「べつにいいけどね。私もおなかすいたし。お昼食べていこうか」
「カレーね。カレー」
「はいはい……」
カレーはおいしい。私の「食欲」を一番満たしてくれる料理なのだ。
「か・れ・え♪ か・れ・え♪」
「もう……ちょっと歌わないでよ、恥ずかしいってばマツリ」
「か・れ・え♪ か・れ・え♪ か・れ・え・の・く・に・の〜♪ お・う・じ・さ・ま〜♪」
私はかまわず歌いながら、アキの手を引っ張っていった。