SRSS2

ゲーム、シンフォニック=レインの二次創作小説草稿の続きです。元のゲームのお話の内容が気になる方は、読まないことをおすすめします。

あらすじ

卒業演奏をともにすることになったリセルシアとファルシータ。しかしファルシータは重病を患う。絶望するファルシータ。それを放っておけないリセルシア。二人はそして惹かれあう。

絶対に演奏は無理だと思われていたファルシータの容体。しかし無理を承知で、ふたりはさいごになるであろうステージに挑むのだった。

という感じの、相当いろいろ端折ったところからの続き。


前回とは呼べないほどの前回。

SRSS1-1 - 黄昏時の街の日記

ラスト・ステージ

私たちは見つめあった。耳に痛いほどの拍手は、ファルさんに合わさった焦点以外の景色が今ぼやけてしまっているように、その音を私に意識させることはなかった。ファルさんが優しく微笑む。その表情がなんとなく、過去の自分に似ている気がした。父の作った曲とは知らずに、メロディーに歌詞を乗せ独り歌っていた、あの歌。寂しく悲しい日常と、その中にある希望を歌った歌。ファルさんの笑顔は今、どうしようもなく寂しげだ。なのに私には、ファルさんが何を思っているのか分かってしまった。それは私が歌いたいと思った気持ちによく似ていた。ファルさんが歌いたいと願う気持ちにも。いや、まさしく私たちにとって、歌とは、音楽とは生きることそのものなのだ。そう、ファルさんは今、生きることに希望を見ているのだ。
「ふふ、リセ、ボーっとしちゃって」

熱に浮かされた私のそばに立ち、座る私の頬に彼女はゆっくり手を触れた。その手の冷たさが、私の背筋を一瞬だけふるわせる。私が熱いのか、彼女が冷たいのか。

「ファルさん、体調は――」

言い切る前に、彼女は人差し指を私の唇に持っていく。それ以上は言うなということだろう。

「次の出番の人が困っているわ」

ファルさんは舞台袖を指差しながらそう言った。私は急いでフォルテールを片付ける。そして私はファルさんの手を取って舞台を退く。

しかし、拍手はまだ続いていた。私たちが舞台から消えても、次の番の人たちは出て行っていいものか迷っているほどだ。

だが、それを喜べるほどの余裕は私にはなかった。ファルさんは私と繋いでいた手をかたく握ると、そのまま膝を曲げて床に腰を下ろしてしまった。

そのとき、舞台袖の暗がりからコーデル先生が早足に近づいてきた。

「外に車を待たせてある……。ファルシータ、歩けるか?」

「ええ、大丈夫です。それより、先生、演奏は聞いてもらえましたか」

「馬鹿を言うな。おまえたちが演奏することを事前に知っていれば、車の手配に走ることもなかった」

「そうですか、残念です。コーデル先生には聴いてもらいたかった……。でも先生、私たちが演奏するって教えたら、きっと……」

ファルさんはそう言って苦しそうに咳き込む。

「当たり前だ。歌なら……音楽なら病気が治ってから、いくらでも楽しめばいい」

コーデル先生がいつもの調子で説教を言う。

「う、ああ……」

私はもうこらえ切れない。心臓と肺が、極度に緊張したときのように萎縮し、呼吸を困難にさせる。吸えない、吐けない。ただその代わりに涙がぼろぼろと目からあふれ出す。

「リセ……話したいことがあるの。今日は私たちふたりのステージだったけど、本当はもうひとり、一緒に歌ってくれていたのよ」

そう言うと、先生と私に支えられていたファルさんは目を閉じた。先生は近くの体格のいい男子に、ファルさんを背負って校門まで言ってくれと頼んだ。

「先に病院に連絡を入れてくる」

先生はそう言って立ち去る。ファルさんの細い身体を軽々と背負って歩く男子生徒に私は小走りで付いて行く。私には何もできないのだろうか。

違う、と思い直す。ファルさんも言っていたじゃないか。ただそばにいてくれればいいのだと。そばで一緒に歌を歌い続けてくれること、それをあなたに望む、と。

「教室の隅に……」

私はファルさんに聞かせるためにあの歌を歌った。希望の歌を。絶望しかないのだという思いをなんとか心の井戸の底に押し込めながら。

妖精の歌

車で病院まで向かう途中、後部座席に寝かせていたファルさんが目を覚ました。

「さっきの話の続き。音の妖精の話」

とつぜん話しかけられた私は、驚いて助手席から後ろを振り返る。

「こんなこと言うと笑われるかもしれないけど、しばらく前から妖精が見えるようになったの」

ファルさんは薬の副作用でぼんやりとすることがあり、そういうときには時間の感覚が曖昧になると言っていた。これもそういう一種の副作用なのだろうか。それとも病気の苦しさを紛らわすための幻想か。

いや、なんにせよ私はファルさんを信じると決めたのだ。ファルさんが私にそうしたように、私も彼女だけを信じる。彼女だけを。

「それは、どんな妖精なんですか?」

「どんな……あっ、そういえばフォーニ、置いてきてしまったけど大丈夫かしら」

ファルさんは大変だと言うように身体を起こそうとして、しかしすぐに胸を押さえ身体を下ろした。

そのとき目が中空を見上げた。何かを見ている。何を? そこには何もない。ただ車の天井があるだけだ。

「そう、良かった……。そうね、大丈夫。ええ、もういいのよ、気にしないで」

何もない方向にファルさんは話しかける。いや、そこにはおそらく、音の妖精がいるのだろう。

「なぁ、うしろの姉さん、大丈夫なのか?」

すぐ横から、若い運転手が私に話しかけた。よく見てみると、それはフォルテール科の学生、しかもコーデル先生の生徒だった。

「……」

私は大丈夫とも言えずに黙る。

「病気のせいで、おかしくなったと思っておいてくれて、いいですよ。リセにだけ信じてもらえれば、それでいいんだから」

「はぁ……」

わけの分からないという顔をして、運転手の男は首をかしげた。

「やっぱり、見えないかしらね。でも、歌っているときは分かったでしょう?」

「はい」

私の口からは思考と反して肯定の返事が出てきた。私はそのことに驚くが、確かにそれは自分の中から出てきた言葉だった。そう、私たちは三人で歌っていた。それはべつに、ファルさんの幻覚を無根拠に認めるとかいう意味じゃない。

なぜだろう。フォルテールを演奏しファルさんとともに歌っていた瞬間、確かにそこに誰かがいた。すばらしい歌声の和音が……私とファルさんだけでは生み出せないはずのハーモニーがそこにあった。あったはずなのに、私はなぜそのことを忘れてしまったのか。ついさっきのことなのに……。

ああ……そうか。

「思い出しました。クリスさんの独奏は……」

「リセなら、思い出すって信じてた」

クリスさんのフォルテールの音に合わせて歌う小さな小さな、かわいらしい女の子を思い出す。どこで見た場面かと、私の冷静な頭は思い出そうとする。私はこんなものを見た覚えはないぞと、記憶が抵抗していた。

しかし確かに私は見た。そして、クリスさんの舞台での演奏を聴いたのは一度きり。二年前の卒業演奏だけだった。

「どうして忘れていたんでしょうか……」

「忘れていたんじゃないわ。もともと、フォーニは人に見えないのよ。見えないはずの姿、聞こえないはずの声。それが一時的に聞こえたとしても、きっと覚えてはいられない……ふふ、そうね」

ファルさんは手をふらふらと振りながら言う。きっと音の妖精を触っているのだろう。ファルさんは妖精をフォーニと呼んでいる。フォーニ、それは私も使ってるフォルテールの、製造元の名前だ。

「その、フォーニ……さんは、なんて?」

何か会話をしているファルさんに私はたずねる。

「『ファルはどうしてもクリスの演奏が忘れられなかったんだよね?』だってさ。えぇ? そんなことないわ。べつにクリスさんのこと、好きだったわけじゃないもの」

たしかにそこにいるようにファルさんは会話をする。

「いいえ、ええ、そう。うん。私が好きなのは……」

ファルさんが私の方を向く。

「リセ……リセルシア、好き」

「あ、う……わ」

顔が一気に熱くなる。こんなところで! 人がいるのに……。運転席の男が訝しげに私を見ていた。ああ、恥ずかしい。

「恥ずかしがることなんて、ねぇフォーニ。私の部屋には、いつでもフォーニがいたのよ? ……消えていたって? 嘘ばっかり。知ってるわよフォーニ、あなたが隠れて見ていたの」

「そそそ、そうなんですかっ!」

あ、ああ、あんなところを見ていた……ってことは、私の裸も、あの恥ずかしい告白も、フォルさんと身体を重ねあったことも……!

「まったく……。リセもフォーニも本当に似ているわ。ふたりとも、顔を真っ赤にして。知ってるわ、隠れて見ていたなんて冗談よ。ええ、訂正するわ。リセ、大丈夫よ。私たちが『シテ』いたときにはフォーニはちゃんと消えていたから」

まったく大丈夫じゃなかった。やっぱりファルさんは、基本的にいじわるなのだ。