手癖短編。桂言葉とロボット転校生のお話。

 見つめているとそれに気がついて、私は無意識に、彼女の髪に手を伸ばした。たんぽぽの綿毛が、ひとつくっついていたのだ。あと少しで髪に手が触れるかというところで、私は思い直す。私には彼女の髪に触れるほどの勇気なんてなかったし、なんとなく、その綿毛に親近感を覚えたからだ。彼女に気付かれないように、彼女の髪の毛にそっとくっついているところが、健気でかわいいなぁと。
 もちろん私は自分のことを健気でかわいいだなんて思ってはいない。私がしていることは、ただの片想いだった。ただの片思い、だったら良かったのだけど、私のそれは少し変わっていて、つまり片想いの相手の彼女も、私も女だってことだ。でもそんなことは、どうだっていいことだ。問題はもっと、他にもあるのだ。私の人見知りする性格とか、そして、彼女の方でも人見知りする性格だったりするものだから、接点を持つというだけでも難しい話だった。
 何はともあれ、私がこの学校に転校してきて一週間が過ぎた。一緒にお昼しようという誘いも、最初の頃はあったのだけど、それもだんだんとなくなって、今では誰も話しかけてこない。それはべつにクラスのみんなが薄情だからってわけじゃなくて、私にも問題があって、とにかく、私と一緒にいると圧迫感を覚えるという人は、けっこうな人数いるということなのだ。これは統計として論文が発表されたので確かなことなので、私が悩んでいても仕方のないことだし、というか、その論文の結論も踏まえて私は新たなデータの収集のために今このように学校生活を送っている。そう、これが二つ目の問題だ。私はシャイで、そして人間ではなかった。いろいろと呼び名はあるが私は私自身の名前が好きなので私に付けられるその他の名前は好きではないから考えないことにする。私は、私である。なんにせよ、人間だろうが私であろうが――こういう言い方は嫌いだけど――『我々』だろうが、人間に作られたことは変わらない。人間はセックス妊娠出産で、私は設計開発実装で。
 これはチャンスだった。綿毛が付いてらっしゃいますよ、と声をかければいいのである。簡単だ。簡単なんだけど、難しい。そして今日も日が暮れるのだった。ふぅ。

 そして、突然チャンスがやってくるのだった。私は私の神を信じているのだけど、今日もその神様に感謝しなくてはなるまい。ちなみにその私の神様は実在しない。月並みに天界にいることになっている。
 やめてくださいとか、この人痴漢ですとか、定型句があるだろうと一瞬意味もないことを考えたが、痴漢されているのが正しく私の想い人、桂言葉であることを知る。私は瞬間的に頭に血が上った。もちろんジョークだが、状況は冗談じゃない。美少女に痴漢行為を行うサラリーマンの図。
 私はすっと手を伸ばすと痴漢の手首を捻るくらいじゃ許せず折った。くらいの勇気があればいいのだけど、私にはあいにくと、なんとか三原則というのがなきにしもあらず、というのはもちろん冗談であり言い訳なんだけど、とにかく彼女の手をとった。
 そしてせめてもの反撃に、痴漢野郎をキッと睨む。ウッとなる痴漢男。用途としては間違っているけど私の威圧感もこういう時には役に立つ。ちなみに用途というのはサービス業全般らしい。私を作ってサービス業をやらせるくらいなら、学生のアルバイトを雇った方が賢いだろう。
 そんなわけで私は大好きな彼女と手をつないで駅のホームへ降りた。もちろんのこと、彼女とやっと結ばれ、堂々とカップルとして手をつないでいた、というわけではない。彼女は呆然としているようだったが、それも当たり前だ。知らない男におしりを触られるなんて私でも嫌だ。だいたいにおいて私を作ったのは男だそうだから、まぁいまさらって感じはしないでもない。いやそれを言ったら人間だって以下略。
 そもそも私は自分を人間だと思っている。まず人間の定義から以下略。
 私は握る左手に力を込めた。うつむいた彼女が目を上げる。
「ごめんなさい」
 謝る彼女に私は、謝る必要なんてないんだと言いたかったけど、べつに否定する必要もないと思ってそのまま歩き出した。このまま何気なく何となく手をつないだまま学校まで行けないものかと思ったのだ。
 案の定、手をつないだまま私たちは登校した。おお、神よ!

「大丈夫?」
 私がそう尋ねると、彼女は小さくうなずいた。まるで彼女自身が放してくれなくて……という風に手をつなぎ続けていた。私は人間というものを良く分かっているつもりだ。このようにしてクラスメイトに印象付ければ、桂と、あのロボットは仲良しなんだな、と思わせることができるはずだ。よし。
「ところで、さっきの男通報できるけど」
 彼女に復讐心があるのかどうか知らないが一応聞いてみる。私としては、男に触られたくらい平気ですわって言って欲しいけど、彼女は予想通り黙り込んだ。
 そういうわけで私は通報しないことにした。めんどくさいのだ色々と。だいたい私は痴漢Gメンじゃないのだし、彼女の悲しみを利用したいのだし、なんてそんな邪な考えはしてはいけないのだし、反省なのだし。