僕は言葉を選びながら文章を書き、しかしそれに内容というものを持たせることができない。

口を半開きにして、じゃっかん過呼吸気味になっている今の状況を僕は、とくに具体的に語ろうとは思わない。というか、そうすることはできない。それは僕の保身のため。それ以外の理由はない。僕はもはや腐りきった人間で、そのことについて考えないようにするか、あるいは卑屈に笑うことしかできない。

僕は、そういった事情もあって、すでにおそらく何も書けない人間になってしまったのだと思う。これはもしかしたら、確定的なことかもしれなくて、だから僕は今むしょうに、人生というものの穏やかさや、静かさや、幸せを感じながら、このまま死ねるならばどれほど楽だろうと思う。カーテンが風にゆれて、部屋に涼しい風が入ってくるような、そんな日曜日の午後に僕はもうこれ以上、ああこれ以上、自分から逃げ続けるのは嫌だと、柔らかい自身の、自身を責める手を涙を浮かべながら、頭を抱えている、そして文章を書いている。はやくどこかへ行って欲しいという思いと、この気持が消えないで欲しいという、真逆の気持ちを心臓で感じながら。

こんなに苦しいのならば、あのころ死んでしまえばよかったなんてことは、過去の自分に責任をなすりつける行為だし、僕は過去の自分に責任を負ってもらえるなんて思えないから、もともと無理な話なのだ。あのころ勉強しておけばよかったって思える人は、今現在必死で勉強をしている人なのであって、今何もしてない僕にとっては、ただ、あのころも今も変わらないという思いだけが、これもまた柔らかい手のように僕をそれが貫通して、めちゃくちゃにしている。

それで、僕はどうしたいのかってことを考えなくてはいけないんだけど、はたして僕にできることなんてあるんだろうか。この先もずっと耐えて、耐えている人間を見ながら、耐えられなくなった人間を見て、明日は我が身と感じながら、この先もずっと生きていくのだろうか。これはそしてまた、陳腐な悩みだと思い、そして、これほど自殺が増えてきた世の中で、おそらく、まともである人間こそが自殺をしているのではないかと思い、同時にまともな人間が、まだ生きているにすぎないのではないかと、あたりまえのことを文章にして確認しながら、思う。

僕は感謝の言葉をひとり部屋でつぶやく。誰にも届かないだろうと思いながら。誰も届いて欲しいとは思わないだろうと思いながら。そう思いながら、僕はすぐにでも、そうすぐにでも、行動を起こし、短絡的に、すべてを忘れ、すべてを行い、すべてを改善し、すべてを投げ捨て、すべてから逃げ、すべてをすべて、僕の外側に追いやる、ことは、そう、できないから……。だから簡単な言葉で表すと、すごく嫌な言葉になってしまう。

僕は冗談でも死にたいなんてこと言いたくない。冗談では言いたくない。

今この気持だけを文章にして、他のことを文章にはしたくないから、僕は慎重に言葉を選んでいるつもりだけど、それはいつもより慎重になっているというだけで、それも、今が特別だと思っている僕のことだから、やっぱりこれはいつもと同じ文章なのだと思う。僕は誤魔化すために、文章を書き、書かなければいいのに、書き続けている。

僕がやるべきことは、僕が理想とするのは、何も書かず、何も言わず、黙々と毎日朝、ランクングをして、朝ごはんを食べて、何かをして、小説を、物語を……書いて、

僕は、だから僕は、もうやめたいんだけど、やめられないってわけじゃないんだけど、書くことを、やめるには、やっぱり決意が必要なんじゃないかと思うわけで……。だけど決意なんてものが何の役にもたたないってことは経験的に分かっているから、僕は決意というものをいっさい信じられなくなった。

だから、もう少しおさまってしまった僕のこの気持は、幸福感は、無視して、明日からも何か嫌なこともないが、嫌なことばかりな日常生活に戻ろうと思う。本当は戻りたくないんだけど戻らざるを得なくて、きっと僕が、いつか逃げようと思っている場所は、ここなのだと思いながら、そしてそこが、ただつかの間の、ただの、日曜日の午後でしかなく、カーテンを揺らす風でしかなく、庭のさくらんぼをついばみに来る鳥たちの鳴き声でしかなく、ここに、逃げ場などなくて、だから僕には逃げる場所なんて最初から、というか、逃げ続けた場所が、そういえばここだったのだという、むなしい思いつき、思い出し、で、だから、僕は、でもそれでもやっぱり逃げることはできるって信じてるから、そうでなければ、生きてはいかれない。

いつか逃げてきたときは、この日曜日の午後が永遠に続きますように。ちがう。もっと、素敵な場所でありますように。逃げた先が、死ではありませんように。未来の自分が死んでしまうことについて僕はなんとも思わないけど、ただ、親しい人間が死んでしまいませんようにと祈るくらいの気持ちで、僕も、生きていて欲しいと僕は思う。

腰の痛みで、僕の気持ちは空気にとけていって、冷蔵庫にある昨日買ったアイスを思い出している。おやつ時だから、アイスでも食べながら、この気持を忘れようと、忘れまいと、また僕は僕がするように生きていこうと、逃げ続ける決意を固める。