あれとそれ

楽しいことをしていても、どうしても、ふと仕事というか、会社での風景とか思い出してしまって憂鬱になる。べつに憂鬱になる必要はないはずなんだけど、とにかく僕は仕事を嫌いたいのだと思う。そして実際に嫌いだ。たぶんそれが、僕自身の裏切りの結果だと思ってしまうからだと思う。なんてことを言いながら、実際にはただ、他人と一緒にいるという、ただそのことがストレスなのだ。神経が高ぶって息が詰まる。

僕が他人と一緒にいて安心できないのは、僕自身が他人へ向ける視線というものに問題があると考えるのが妥当だと思う。すべての問題は自分の問題であると僕は断言してしまうことにする。逆説的というかなんというか、つまり僕は自分が悩んでいることの本質は自分自身にあるのだと考えなければ、つらくて、外に出たり他人と喋ったりできないのだ。もちろん、僕は自分に甘いから、自分が悪いのだとは絶対に言わないけど。

どうでもいいんだけど、何で PDF を表示するだけのソフトなのに、アップデート後に再起動が必要なんですか。Adobeのそういうところが嫌いです。

ところで、こうやって日本語の文章の中に alphabet の単語とかを書くときに、左右に半角の余白を入れるっていう規則(規則?)があって、これをやると見栄えがよくなる。

こういう細々した文章作法みたいなのってけっこうたくさんあって、僕は適当にそのときの気分で使ったり使わなかったりする。

たとえばカッコの後にスペースを入れるとか。「でもめんどくさいから」 もうやらなくなった。等幅のフォントだと、後ろに全角スペース入れるとうるさいし、半角スペース入れるのも何か違うって感じする。

他にも、括弧に入れた文章を通常の文章中に書くときに、括弧の後に句読点を付ける。これはけっこう好きでよくやるんだけど、これもまぁどうだっていいところだなって思う。(どうでもいいですね)。

文の終わりに句点を付けるたがるクセは治したいなって思う

文の終わりなんだからべつにいいだろって思わなくもないんだけど、ちょっと入れすぎだと思う

たまには こういうふうに スペース いれるだけの ぶんしょうとか かきたい

  • リストに書かれた文の終わりに句点を付けるか付けないかの決着を付けたい。
  • 個人的には付けたい。
  • リストの時だけは付けないなんて頭を切り替えるのがめんどくさい。
  • 付いてたり付いてなかったりするリストはイライラする。
  • でも短いリストに句点付いてたら嫌かもしれない。
  • りんご。
  • トマト。
  • ハードディスク。

でもまぁめんどくさいから、今後は句点つけていこうと思う。

僕はリストをよく使います。でも長い文章を書くのが好きだから、リストのひと項目が長くなりすぎる傾向がある。とはいえリストなら簡単に分割できるっていう利点もある。

Evernoteはリストの階層を変えたり切り貼りするとめちゃくちゃな感じなるので使いたくない。今年の目標はEvernoteをやめることです。明日にでもやれ!

明日にでも、と言えばさくらのVPSもリニューアルプラン移行作業してないし、いいかげんやらないといけない。ファイルコピーしてどうにかしようと思ってる。

たいした仕事もないので仕事中に vi 再入門してます。おもしろい。

とりとめのないことを書いてストレス発散するのはよいです。もっと意味のない文章を書きたい。