とりとめのない六人の話10

第一部完!

山本先生の次回作にご期待ください。


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とりとめのない六人の話10

廊下の隅。人通りは少ない。

イズミは唐突に切り出した。

「単刀直入に言って、じゃんけんのとき、勝った二人は不正をしていたわよ」

「……そう」

まぁ、なんとなくは分かっていたが。
「最初に全員があなたに勝てたのは、出す手が見えていたから。徐々に変わる手の形から、何を出すかというのは100%予測できるわ」

「そうだよね。浅はかだった」

「次に、手帳に手を書いて、出させた後に発表するというやり方」

「いい考えだと思ったんだけど」

「どうして負ける人が突然、割合より少なくなったのか」

「分かるの?」

分かるから、私をここに呼んだのだろう。

「私もあなたが何を出そうとするのか分かっていた。……分かることができたって言うのが正しいわね」

「……」

「あなたが手帳に書く動作……で」

予想された答えが帰ってくる。

「できるだけ、手を動かさないようにしたんだけど」

そう。そのくらいは、予想していた。

私だって長いことマツリと暮らしている。彼女達の目の良さというのは私の予想をはるかに越えているのだ。レンズの性能と画像処理技術というのは、視覚情報が人間の認知活動にとって、他の情報に比べ別格なまでに重要であるがために研究が盛んなのだ。

もう5年前には、ロボットの作られた目が見ている世界は、人間のそれを越えた。

「もう一つ、あの教室で二人だけが、出す手が分かる理由があった」

「ナナミさんと、シイコが?」

「違うわ。『私』と、シイコさんよ」

「でも、イズミは負けたけど?」

「わざと負けた……って言い方はおかしいわね。私はちゃんとじゃんけんをしていただけなんだから」

「ズルが嫌い?」

私は少し笑ってしまった。イズミがピリピリしているのが分かったからだ。

「不正だなんて、好きな人なんていないと思うけど……。するかしないか、というだけで」

本当にそうだろうか。中にはズルが好きな人だっていそうなものだが、シイコを見ていると、そう思わずにはいられない。

いや、それは言いすぎだろうか。あのナナミさんが友人なのだから、シイコも外見よりはよっぽどいい奴なのかもしれない。もちろん、ナナミさんのことだって私はいくらも知らないのだけど。

「音が一番大きい理由だけど」

「音?」

「音だけじゃなくて、環境の変化で分かるのよ」

「どういうこと?」

「集中すれば、落ちた紙幣の種類だって分かるってこと。センサーの出来が違うのよ」

「……本当に?」

ほとんど超能力だ。

「もちろん、普段からそんなに敏感じゃないわよ」

しばらくイズミは黙り込む。思い悩んだ顔。

「おかしくなるのよ、あんまり敏感過ぎると。神経質な人間が心の病気になるのと同じね」

「……」

「ちなみに、その他の勝ち進んでいた人は、今度はシイコさんの出す手を見て予測しようと頑張ったのね。結局追えなかったみたいだけど」

「どうして?」

「フェイントを二回くらい挟めば、ロボットの目なんて騙せるから。私には多分見えるけど、普通、そんなに性能が高い必要はないんだからね」

「そ、そうなんだ」

私も気をつけて見ていたつもりだったのだが、水面下ではいろいろとあったらしい。

「じゃあ、ナナミさんは?」

「それは……たぶんだけど、普通にシイコさんと通信していたんだと思う」

そうだったのか。たしかに、何の道具も使わずに彼女たちは、身一つで他のロボットと意思の疎通ができるのだ。

困ったことになった。完全なる不正ではないか、これは。

「じゃあ、もう一度公平に……」

「いえ……」

イズミは考え込む。考えている、という動作をする。

「いいんじゃないかしら。べつに、彼女達は性能を競っているわけではないのだろうし」

「そうなの? だけど、実験のために集められているんじゃないの?」

「性能差というのは、どうしようもないものだから。きっと、私とシイコさんに勝てる人はいない。もちろん、なりふり構わず特攻すれば勝てるかもしれないけど、それは……」

ふっとツインテールを揺らして、イズミは横を見る。談笑しながら廊下を歩く、他クラスの生徒がいた。

「そんなの、学生のすることじゃないでしょ?」

「まぁ、そう、だね」

言わんとしていることは何となく分からないではない。私が疑問に思っていることに通じる。しかし、ではなぜ彼女達は集められているのか。学校のひとつの教室に。

「どうして、あんなクラスがあるんだと、イズミは思う?」

素直に聞いてみる。イズミなら、正しい答えを教えてくれるのではないか。

「私の場合は、単純にテストのためよ。多くのロボットが学校に入り込んでテストしているとは言っても、やっぱりその枠は限られているから。それに、私とシイコさんは本当の意味で最新鋭次世代機だから。もちろん、教室にいるのは新しい試作機ばっかりだけど、私とシイコさんは、多分事情が違うの。私の事情と、シイコさんの事情が同じものかどうかは、私には分からないけど」

「そんなに、違うの?」

「どの程度かは分からないけど。ナナミさんくらいのレベルが、あの教室で標準的なんだと思うわ。マツリさんはその少し下くらいだけど……ちょっと変わっているわね」

「変わってるって?」

たしかにマツリは変だけど、そんなに言うほど決定的な違いがあるのだろうか。

「あの教室の中では、マツリさんは年上だけど……年上だからこそ、なのかもしれない」

「年上……」

「つまり、平たく言って、一番性能が低いのに、どうして個性的に見えるのかってことなんだけど、それは経験を積んでいるからかもしれないっていうこと」

「でも、ロボットの記憶なんていくらだってコピーできるでしょう?」

「情報の取捨選択の基準は、それぞれの環境によってかなりバラつきが出るから、同じハードを持っている者同士でも、そう簡単にコピーはできないのよ。身体に染み付いた記憶みたいなものが、あるのでしょうね。実際のところ、今のロボットって、まだ人間よりも環境の変化に弱いのよ。適応能力という面では、人間にはまだかなわない」

「は、はぁ……」

よく分からない話である。というより、勉強してきたことと違う。データのコピーなんて、一番簡単なことだと思っていたのに。

「でも、私とシイコさんはどうなんでしょうね。私もシイコさんも、環境よりむしろ自分自身の性能に付いていけてない……」

そんなにすごい二人だったのか。今度からは注意して見てみることにしよう。でも、見ても分からないからこそ性能が高いと言えるのかもしれない。

「まぁ、いいわ。とにかく、報告したかっただけだから」

「うん、ありがとう。明日二人に聞いてみる」

「不正が許せないってほどではないけど、ちょっと自分でもうるさい性格だと自分を見て思うわ。だから黙ってられなかった。それだけ、だから」

自分のそういう性格が好きではないのかもしれない。

「本当に、ありがとう。参考になった」

「私、文化祭実行委員になったから、三ヶ月後くらいから委員長とも仕事することになるわ。そのときはよろしく」

「えっと、そのときなんて言わずに……」

「なに?」

「何て言うか、ね」

「うん?」

恥ずかしい。

友達になりましょう。だなんて、口に出して言えるものだろうか。

しかしそんな言葉を恥ずかしくても言いたくなるほど、私には彼女が好ましく思えるのだ。黙ったままの、ロボットのような(そして実際にロボットである)クラスメイトとは違って、彼女は私に本当のことを教えに来てくれたのだ。

いったいあのクラスに、私が友達だと思える人がどれだけいるだろう。私がマツリに対して思うように、誰かに作られた物であるということを意識しないでいられるような人がどれだけいるのだろう。

目の前にいるイズミという少女となら、上手くいくのではないか。

「友達になりましょう。イズミのこと……イズミはいい人だって思う、から」

イズミのことが好きだと言いそうになって、私はごまかして言い換える。べつに、あやしい意味に取られるということはないだろうけど。

「いい人、ね」

あはは、と笑いながら、イズミは可愛く笑った。

「じゃあ、これからよろしくね」

そう言って、二人で笑いながら教室に戻った。