Rita

部屋には誰もいない。私だけだった。私は意識を少しでも明瞭にしようと努めると、まず部屋にひとりだってことを考えた。これってたぶん、誰かが居てほしいってことなんだろうなと自己分析する。分解して、ひとつひとつを丁寧に眺めて、またそれをくっ付けて棚に戻す。棚に戻して、また、部屋には私ひとりなんだって考えたときに、分解して、眺めて、……。

本当に寂しかったら私は外に出ていると思う。単純に考えれば、私の孤独は小さいのだと思う。外に出るつらさ、人と触れ合うつらさ、そういうことを考えることだってある。だけど根本的には、私は孤独を感じてはいないのだろう。だから私は部屋にひとりいる。今日もずっと部屋にいる。

春の朝は、もちろん冬の朝とは空気が違っている。まだ寒いのだけど日差しが暖かい。カーテンの隙間から差し込む朝日に私は寝覚めた。

フローリングに足をつけると冷たかった。私はその冷たさに、少し笑い出してしまう。そんなことだけで私は楽しい気持ちになっていた。春だから。私は春に生まれ、春に寄り添って生きている。

カーテンを開ける。窓も開け放ってしまう。空には白い雲が、鮮やかとは言えないけど、ぼんやりと浮かんでいた。昼寝をする猫のようなその雲は、ゆっくりと私の頭の上の方向に流れて来ていた。私は深呼吸をして朝の空気を吸い込む。なによりもこの瞬間こそが爽やかさだと私は得意気にうなづく。この爽やかさを知っている春生まれの私は、なんて素敵なんだろう。

パスタを茹でて食べる。作りおいたトマトのパスタソースは、まだまだたくさんあった。冷蔵庫のタッパー以外にも、冷凍庫に真空パックがたくさんある。

するするとパスタを食べているとインターフォンが鳴った。私は荷物を受け取る。笑顔の運送屋さんに会釈とサイン。サインの字がまるで、足の指にペンを挟んで書いたようなひどいものになってしまい、少し悲しい気分になった。

荷物を開けると、そこには何も入っていなかった。異次元につながる入り口とか、井戸とか、そういうものも、一切入っていない。入っていたのは、外と同じ空気だけだった。

私は何も入っていないダンボールを見ながら、ああ、ここに入っているのも同じ春の空気なんだって思った。そして、今きっとどこに行っても春の空気が感じられるのだ。もしかしたら、ただの四月的な空気があるだけかもしれない。それでも私の住んでいるここは春だ。確かに春なのだ。

少し懐かしい歌を口ずさんでみた。悲しみの歌を口がなぞっていた。悲しみを伝える歌が私の心を少しだけ撫でて過ぎていく。それが終わったら今度は幸せの歌。彼女の歌う幸せが私の心を触れて過ぎていった。

そしてさよならの歌。ダンボールには春の匂いはしなかったけど、それはダンボール紙のにおいだったけど、出会いや別れの季節の空気が、その中にも入っているんだって私はうれしくなった。切なくなった。ふふん、と得意気にうなづくと、私はまだ冷たさの残るフローリングに横たわった。直接触れた頬と耳がキンとして、にやにや笑いをしながら私は眠った。